« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »

2018年4月29日 (日)

腸内細菌叢

 小児科は子どもの全般を診ます。だからその守備範囲は極めて広いものです。専門家の集まりである小児科学会に行くと3日間で約1400題にも上る様々な分野の研究発表があります。その中で最近のトピックスの一つが腸内細菌叢の研究です。
 4月20日から22日に福岡で開催された日本小児科学会学術集会でも、「腸内細菌叢の異常と小児疾患のかかわり」という演題で関西医科大学の金子一成先生が講演されていました。新生児の腸内細菌は出生時に産道やその周囲の母体の細菌がもとになります。以前は胎児は無菌とされていましたが、最近の研究では母体にいるときから腸内細菌がいるという報告があります。小児では、早産、帝王切開、人工乳、抗生剤、環境が腸内細菌叢の異常をきたすことが明らかになってきました。最近はプロバイオティクスやプレバイオティクス療法の有効性が言われていますが、多様性のない善玉菌を入れても効果はないという話でした。海外では糞便移植という治療法が開発されています。また帝王切開で生まれた児に、出生後に膣分泌物を塗る、疑似経腟分娩という方法も始まっています。抗生物質を内服すると、一発で腸内細菌叢が変化し、それまでの細菌は消えて、抗生物質に耐性のある菌がほぼ1種類になってしまうというショッキングなデータも発表されていました。
 全国の小児科開業医を中心にした学会誌にも、腸内細菌叢の特集が組まれていました。東京女子医大の大阪利文先生をはじめ7人の先生が「腸内細菌と小児の健康」について論文を書かれていました。
 妊娠が進むと母体の腸内細菌叢が変化して、新生児に有利なものになるという研究報告があります。満期経腟分娩の新生児の腸内細菌は、ビフィズス菌や大腸菌が主体な比較的単純な腸内細菌叢です。生後1か月でビフィズス菌が優勢になります。生後4か月から6か月になると、腸内の酸素濃度が低下してきてバクテロイデスやウェルシュ菌などが増えてきます。母乳栄養を止める頃から成人の腸内細菌叢へと変わり始めます。学童期には食習習慣とが腸内細菌叢の優勢な種類を決めていきます。
 腸内細菌叢が大きく変化する乳児期に腸内細菌叢の発達に影響を与えるのが、母親の常在菌、乳児の栄養の方法、帝王切開の有無、抗生剤の投与、低出生体重児などです。母乳栄養児はビフィズス菌と乳酸菌が多く、人工乳栄養児ではビフィズス菌の存在比が低いようです。帝王切開児では皮膚や口腔常在菌、出産時の環境由来の細菌が主になり、ビフィズス菌の定着が遅れるようです。抗生剤の投与は当然のことながら、新生児・乳幼児の腸内細菌叢の形成に影響を与えます。細菌の多様性が低くなり、腸内細菌叢の成熟が遅れます。低出生体重児でも細菌種の多様性が低く、腸内細菌叢の成熟が遅れます。
 腸内細菌叢の異常がアレルギー疾患や炎症性腸疾患に関与することについては、免疫学的な研究がかなり進んでいます。過敏性腸症候群や発達障害についても腸内細菌叢の異常が関与しているという研究が進んでいます。さらには癌と腸内細菌叢の研究も進んでいます。身近な話では、赤ちゃんの夜泣きにも腸内細菌叢の異常が関与しているという研究もあります。夜泣きの子の腸内細菌叢ではビフィズス菌や乳酸菌が少なく乳酸菌を与えたら夜泣きが改善したという研究もあります。このように、異常になった腸内細菌叢のバランスを整えるために、乳酸菌やビフィズス菌などの有益に働く微生物(これをプロバイオティクスと言います)を腸内に届ける治療の研究も進んでいます。
 また母乳栄養児によくみられる乳児の血便は、従来は大腸粘膜のリンパ濾胞過形成が原因といわれてきましたが、この病態の一部はブドウ球菌による腸炎が原因の可能性があると言われ始めました。このような児にプロバイオティクス療法をすると症状の改善がみられるという研究があります。
 ヒトの身体にいる細菌はヒトが生きていくうえでいかに重要な働きをしているか、Martin J. Blaser著 山本太郎訳「失われゆく、我々の内なる細菌」みすず書房 2015年 を読むと思い知らされます。人体にはヒトの細胞の3倍以上の100兆個の細菌がいます。この細菌はヒトと共生化した独自の群れであり、その構成は3歳くらいまでにほぼ決まり、個々人で異なります。しかし抗生剤の導入でこの構成は乱されていて、帝王切開も母親から細菌を受け継ぐ機会を奪っています。この結果生じる健康問題の深刻さにようやく警鐘がならされてきています。
 しかし細菌を新生児に受け渡す母親の腸内細菌叢も抗生剤の使用や生活環境の変化で昔のままではなくなってきています。人類が生来持っていた腸内細菌叢の組成はどのようなものだったのでしょうか。
 前書のあとがきに書かれていますが、人類の歴史上、腸内細菌叢の大きな変化は二度起こったと考えられています。一度目は人類が火を使い料理をするようになったとき、二度目は農耕が始まった時です。タンパク質は加熱することで栄養を摂取しやすくなり、農耕はタンパク質主体の食事から炭水化物を主食とする生活へと変えました。その結果、腸内細菌叢も変わりました。そして最近の50年間のライフスタイルの変化と抗生剤の使用が、三度目の変化をきたしています。ヒトの細菌叢が完全に変化し希少な細菌が消えてしまう前に、世界各地から糞便を集めて、液体窒素のなかで保存し、次世代に手渡すプロジェクトが始まっています。チベットやヒマラヤの高地に暮らす人、砂漠の乾燥地帯に暮らす人、いまだ狩猟採集を生業とする人などの糞便を集めます。抗生剤や消毒剤、近代的生活に暴露されいない人の糞便はさらに貴重です。
 長年ヒトと共生してきた細菌が失われていったとき何が起こるのでしょうか? 我々は真剣に考えなければいけません。
 NHK総合テレビで1月14日に放送された「シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワーク 第4集 万病撃退!“腸”が免疫の鍵だった 」も腸内細菌叢を取り上げていました。全身の7割もの免疫細胞が腸に集結し、腸内細菌たちとメッセージをやりとりしている。ひとたび、腸での免疫のバランスが崩れ、免疫細胞が暴走を始めると、花粉や食べ物、自分の体の一部まで「敵」と誤って攻撃し、さまざまなアレルギーや免疫の病を引き起こしてしまうと言っていました。更には抗生物質の投与が腸内細菌叢を乱して肥満を誘発するとも言っていました。
 帝王切開児や生後早期に抗生剤を投与された児など、乳幼児期に腸内細菌叢の形成と発達に異常をきたすと、アレルギー、喘息、肥満などの発症リスクが高まるという研究報告は多くなっています。小児への抗生剤の投与は腸内細菌叢へ悪影響を及ぼすことを理解したうえで慎重な対応が求められます。抗生剤は細菌感染にしか効果がないわけです。小児科外来で診る病気で細菌感染症は約1割です。残りの9割は抗生剤が必要ありません。「とりあえず」や「念のため」の抗生剤の投与は慎まなくてはなりません。

| | コメント (0)

« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »