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2008年11月23日 (日)

小児科医、海を渡る 僕が世界の最貧国で見たこと

 これは本のタイトルです。筆者の黒岩宙司氏は海外青年協力隊で89年から2年間、アフリカのマラウイ共和国で小児科医として勤務し、帰国後は国際保健計画の専門家として、94年からラオスでのポリオ根絶事業に参画しました。
 この本の興味深いところは、経済的に貧しい国の小児医療の悲惨な現状を書き綴っているのではなく、欧米の経済先進国の援助が実は貧しい国に弊害をもたらしていることを、現場にいた者の目で生々しく書いていることです。たしかに90年前後のマラウイの小児病棟は悲惨です。1日3人から4人、毎月約100人の子どもがマラリアなどで死んでいき、彼らのほとんどは栄養失調で、感染症で顔に穴が開いている子も多いのです。日本では診られない狂犬病で死んでいく子どもいます。筆者は、最初は現状に愕然とし次は必死に子どもたちを救うために働きますが、あまりにも多くのそして日常的な死に、自分が麻痺していったことも正直に書いています。
 後日、西日本新聞社のインタビューで筆者は言っています。
清潔な食べ物や飲み物すら行き渡らない中で、 コーラ飲料は高価だが「清潔な飲料水」として田舎町でも売られています。
 マラウイは内戦中の隣国から難民を受け入れていましたが、キャンプには援助物資があふれ、そこの子どもは丸まると太っていました。物資は横流しされて市場に出回り、農業など国内産業を圧迫していました。
 欧米の先進国は確かに国策として貧困国に手厚い物的人的援助を展開しています。だが一方でコーラ飲料に代表される「金もうけ」の仕組みを世界の隅々まで行き渡らせ、貧困を生み出す構造を確立しています。
http://nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/topics/20080827/20080827_0001.shtml
 筆者は、帝国主義と植民地政策でアフリカの国々を搾取した、現在の先進国が、援助という名目で貧しい国の経済などの自立を削ぎ、自国の消費市場化している現実を訴えています。搾取は今も昔も変わらない。その最たるのが貧しい国を武器市場としたことです。昔は素手やせいぜい槍などで争っていた人々に銃などの兵器を売りまくる先進国、その国々が国連安全保障理事会常任理事国です。ニコラスケイジ主演の「ロード・オブ・ウォー」という映画の中で、世界最大の武器商人はアメリカ大統領だといった台詞がありましたがそれは事実でしょう。
 為政者は援助の裏の利益を考えますが、海外青年協力隊などの現場の若い人々は献身的な働きをされています。しかし現状を知る彼らのやり場の無い憤りもこの本の中には書かれています。
 この本の後半はラオスでのポリオ根絶に参画した話です。ここでは病気の根絶という同じ目的があるのに、その手段をめぐってWHOとユニセフの官僚たちの対立する様も書かれています。またポリオの次の「はしか」の撲滅対策をめぐっては、ポリオワクチンは飲む薬ですが、麻しんのワクチンは注射液なので、使った後の注射器の処理の問題を提起しています。貧しい国では一度使った注射器が他の目的で使われる恐れもあり、そこから血液感染の危険性が生まれます。それを防ぐためには注射器は再利用のできないタイプになっています。しかし今度はそれを医療廃棄物として処理する手段を貧しい国は持っていません。地中に埋めればよいとも言っていますが、後年それが事故の原因になる可能性は十分あります。
 筆者がこの本を書いた思いは「あとがき」の中に書かれているようです。筆者は子どもの頃にみた黒澤明の「赤ひげ」に感動しました。「赤ひげ」は病を生む諸悪の根源は「貧困と無知だ」といい切ります。貧富の差なく医療を行いたいという思いが筆者を海外青年協力隊やポリオ根絶活動に向かわせました。ところが国際社会は貧困削減を政策とするが、その支援は途上国の社会的弱者には届かず、むしろ貧富の格差が広がっていることを知ります。それは支援の政策決定を行うのが、市場原理主義を推し進め、弱者を切り捨てざるをえなくなったアメリカだからだと言い切っています。
 アメリカは先進国の中で唯一公的な保険制度の無い国です。五千万人近くが保険に入れず、お金を払えない患者は病院から追い出されます。主治医ではなく利益最優先の民間保険会社が患者の治療の必要可否を決めてしまいます。このあたりはマイケル・ムーア監督の「シッコ SiCKO」に現状が描かれています。 http://sicko.gyao.jp/
 筆者は言い続けます。自国の弱者を見捨てる国が、どうして世界の途上国の人々の健康を守ることができるのだろう。世界の保健分野に多大な資金供与を行っている世界銀行の歴代総裁はすべてアメリカ人で、IMFのトップはすべてヨーロッパ人である。欧米のエリートとそれを取り巻く金持ちと多国籍企業によって世界は不平等に構造化されている。
 この点については、世界銀行の総裁は米国、IMFの専務理事は欧州、副専務は米国というのは伝統的、暗黙の了解です。世界銀行とIMFへの出資額は1位がアメリカです。IMFの議決権は出資額の応じるため、途上国の意思は反映されません。

最後に「あとがき」の末文を引用します。
 僕もこの本の中で「貧困削減」という美しいレトリックの背景にあるものをささやいてみた、日本人の心には「赤ひげ」の単純なヒューマニズムが宿っている。欧米の声に流されるのではなく、自分の言葉で語ることができるはずだ。

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