2009年6月10日 (水)

板付地区で発生した新型インフルエンザに対する行政の対応について

博多保健所は季節型だと押し通した。
 春日市の夜間救急も積極的におこなってる徳洲会病院では、今回の新型が判明する数日前からA型インフルエンザ陽性の児童を診ていました。しかし保健所からは季節性で対応するように言われていました。
 6月5日、博多区の小児科医が板付小学校の児童4名のインフルエンザA型陽性を診察しました。さらに1クラスで10名近くの欠席者がいることも知りました。4人分の疑似症患者の届け出をしたところ、博多保健所からは、季節型インフルエンザの対応で構わないと言われました。新型かどうかの精密検査はしてくれませんでした。また4人の患者の保護者も博多保健所の発熱相談センターに問い合わせをしましたが、保健所からは季節型インフルエンザと考えられるので発熱外来へ受診する必要はないと言われたようです。

今回の新型を確定診断したのは福岡市ではなく福岡県です。
 福岡市が管轄する博多保健所では精密検査をしてくれないことを聞き知っていた、春日市の小児科医は、6月5日に診察したA型インフルエンザ陽性の患者から採取したウイルス検体を、福岡県の管轄する筑紫保健所に提出しました。その結果、今回の第1例の新型と判明しました。

役人は市民より霞ヶ関をみている。
 福岡市は10日の会見で、精密検査をしなかったのは渡航歴がなかったためで、これは厚労省の指示に従っている。そのため今回の対応には問題はないと言い切りました。記者たちの質問に気色ばった顔で答える市幹部の頭の中では、市民を守るよりも厚労省の言うことに従うのが重要とでも考えているのでしょうか。見ていて不快でした。
 日本の国内感染例の第1号は渡航歴のない大阪の高校生だったのを忘れたのでしょうか。あの時も開業医が渡航歴はないが疑わしいから検査をしてくれと再三言ってやっと検査をして判明しました。
 今時季節性のA型インフルエンザはほとんどいません。これは医療の専門家である医師の常識です。現場の複数の医師が疑わしいと言っているのに、医療素人の自覚のない役人が、医療現場より厚労省のいうことしか聞かないからこんな結果になったのです。

過ちをみとめないところに今後の改善はない。
 福岡市は福岡県の情報公開が不十分だったのが今回の感染拡大につながったと言っています。しかし情報提供があっても、厚労省のマニュアルに当てはまらない今回の検査をしたとは思えません。
 詳細はここでは書けませんが、新型が判明した後の8日になっても、板付以外の博多区のA型陽性患者と、板付地区で新型患者と濃厚接触のある成人のA型陽性患者を診察した各々の小児科医が博多保健所に連絡しても、やはり季節型で対応するように言われました。
 福岡市は初動ミスを認めるべきです。過ちを認めないということは、今後も改善するつもりはないということです。なんと先のない行政でしょうか。悲しい限りです。

 現在、国立感染症研究所の疫学専門チームが福岡市に入って調査を開始しています。どのような調査結果を出すか注視していきたいと思います。

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2009年5月30日 (土)

レベッカ・ブラウン著 「家庭の医学」

 「家庭の医学」というタイトルが付いていますが、これは一般向けの医学辞典ではありません。アメリカの作家であるレベッカ・ブラウンが2001年に発表したノンフィクションです。作家の母が癌を患ったときの、介護から最後の見取りまでを綴った作品です。全部で16章からなる作品ですが、各章のはじめには「貧血」や「転移」などの医学用語が記されています。そしてその下には簡潔に用語の説明も付いています。これがタイトルの由来かも知れませんが、この無機質な医学用語が、読んでいて感傷的になりやすくなる読者に対して、客観的な意識を取り戻す糧となっているのかもしれません。母を看取る娘のお涙頂戴の話ではなく、静かな文章で母への介護、母の死が避けられないことを受け入れ、最後に母との別れを綴っています。普通なら気が動転するような状況の中でも作者は冷静的にと言えるほどの細かい観察で、母や自分が避けられない状況の変化を受け入れていく様を書いています。それがかえって読む者の胸に訴えてきます。
 私は医師ですから、この本の中でアメリカの医師が本人や家族に病像を如何に伝えているのかに興味を惹かれました。相手の呼吸を確かめるようにして話を進める様は印象的でした。医師にとって、患者はえてして多数の中の一人になりがちで、説明も通り一遍なものになりがちですが、患者からみれは一人一人が個別の問題なのです。そのことを忘れないようにしなければいけないのですが。
 ところで、この本の最後の章「火葬」の結末は少しショッキングでした。興味のある方はご一読下さい。

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2009年4月30日 (木)

豚インフルエンザ

突然、メキシコから出てきた豚インフルエンザにWHOや政府は対策に追われています。これは新型インフルエンザで世界的大流行(パンデミック)になって死者が多数出るのか。メディアも一斉に報道を始めました。
 客観的に十分に事態を取材をしてるか、また事象を深く勉強しているか。このような時こそ、各メディアのレベルがわかる良い機会です。まずニュースを伝えるニュースキャスター、アンカーマンが自分の意見を言う番組は信用度は低いと判断します。欧米のアンカーマンは決して自分の意見を言いません、粛々と事実を伝えていきます。自分の意見の代わりに専門家の意見を伝えます。素人である個人の意見を挟むことは、ある意味、情報操作と思われても仕方がありません。
 また、情報の信頼性の順位は、第一位が専門家の意見、第二位は世界機関の発表、今回はWHOの発表です。第三位が政府の発表といわれています。

 ところで今回の事態を鋭く予言した論文が、今年の1月に日本小児科学会誌の掲載されました。タイトルは「新型インフルエンザの誤解と対策の問題点」、執筆者は神奈川県警友会けいゆう病院小児科の菅谷憲夫先生です。日本消化学会雑誌 113巻 1号 31から35(2009年)
 この論文では、新型インフルエンザは近い将来必ず出現し全国民100%が発病するので、爆発的に発生する患者の診療体制の確立が最優先課題だとしています。しかし日本の対策は感染拡大防止に重点がおかれており、診療体制の整備・確立が遅れているとしています。
H5N1の流行の可能性は低い
 次の新型インフルエンザがH5N1(強毒性の鳥インフルエンザ)と確定したかのようにされていますが、専門家の間では、H5N1が新型インフルエンザとして流行する可能性については否定的な意見がでていること。H9、H7、H2などが次の新型インフルエンザの候補となる可能性が高いと言っています。
新型インフルエンザには全国民が罹患発病する
 新型インフルエンザの流行は第一波、第二波と続きます。新型インフルエンザが出現すれば、半年以内に25から50%、数年以内には全国民が罹り発病します。
新型インフルエンザの死亡は細菌性肺炎が原因
 強毒性のH5N1ではインフルエンザウイルス自体の毒性で死亡しますが、弱毒性のインフルエンザでは二次感染、特に呼吸器の細菌性肺炎の重症化で死亡します。
発熱外来は意味がない
 日本では発熱外来の設置を厚労省が強く指導しています。しかし欧米の対策では発熱外来という発想はありません。膨大な患者を少数の発熱外来で診察するのは常識的に考えても不可能です。欧米に発熱外来の発想がないのは、発熱外来の受診までに、家庭、学校、職場、交通機関など周囲に感染をおこす機会が十分にあり、外来だけ隔離しても感染拡大防止としての意味がないからです。
 発熱外来はSARSの対策との混同です。SARSは周囲に感染を開始するまで数日から1週間かかり、患者発生数も格段に少ないから発熱外来も意味があります。
医療関係者の感染防止の問題点
 日本の対策では新型インフルエンザを診察する医療関係者は、防護服、ゴーグル、N-95マスク、ゴム手袋の着用を支持しています。これは新型インフルエンザとH5N1インフルエンザ対策との混同です。しかし欧米の対策ではサージカルマスクの着用以外は特別な感染防止は実施しません。
新型インフルエンザワクチンの問題
 日本のワクチンは小児には接種できません。
 毎年接種しているインフルエンザワクチンはウイルスにエーテルを加えて分解してワクチン成分とするスプリットワクチンです。しかし日本の新型インフルエンザワクチンはウイルスにエーテルを加えることなくそのままでつくる全粒子ワクチンです。全粒子ワクチンは発熱等の全身性の副反応が強く出るので、欧米では12歳以下には接種禁忌となっています。

 以上、この論文では新型インフルエンザの誤解と対策の問題点が述べられいます。
 今、現実に新型インフルエンザが出現しました。それは強毒性のH5N1ではなく弱毒性のH1N1でした。H2ではありませんでしたが、弱毒性という論文の予想は当たりました。
 政府は水際作成に力を入れていますが、ウイルスの国内への侵入は現実的は阻止できないでしょう。
 ところで厚労省のいう発熱外来ではなく、仙台市では地域の各診療所が発熱外来となって患者の診断をおこなう体制を作りました。現実的な評価すべき対策と思います。また今回の新型インフルエンザワクチンが全粒子タイプのワクチンとなるかはまだ明らかではありません。
 インフルエンザの死亡は細菌性肺炎です。原因菌は肺炎球菌が最も多いでしょう。高齢者には肺炎球菌ワクチンがあります。流行前の今のうちに接種を勧めるべきです。それだけでも多くの高齢者が救われると思います。
 しかしこのワクチンは小児には効果がありません。小児の肺炎球菌ワクチンは別にあります。海外の80カ国以上では接種されているワクチンです。しかし日本では小児科医、小児科学会、患者団体からの再三の早期の認可要請にもかかわらず、未だに国は小児の肺炎球菌ワクチンの使用を認めていません。今回の新型インフルエンザの流行で、肺炎球菌性肺炎の併発で多くの小児が重症化したり死亡したりしたら、その時国は、肺炎球菌ワクチンの認可をいたずらに遅らせた責任を強く迫られることでしょう。

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2009年3月31日 (火)

桜、サルの花粉症

 桜の開花が例年より早く、3月末で満開となってしまいました。クリニック近くの笹山公園の桜も一昨年はまったく花が咲かず心配しましたが、昨年と今年はいつもと変わりない花をみせてくれました。よく知られた話ですがソメイヨシノという桜は江戸時代末期に人工的に作られたものです。ソメイヨシノは自分の力で子孫を残せません。簡単に言うと実に種がありません。そのため全国のソメイヨシノは1本の木から接木で増やしてきました。そのためすべてのソメイヨシノはクローン体で遺伝子が同じです。そのため一斉に開花することができるわけです。ところでソメイヨシノの寿命は約60年くらいという話もあります。今、花見をしている桜の多くは終戦後に植えられたものが多く、そろそろ60年になります。でも本当に寿命は60年なのでしょうか。ワシントンのポトマック河畔の桜の花も今がみごろだとニュースで言っていました。この桜は1812年に当時の東京市長であった尾崎行雄が送ったものです。ということはもうすぐ100年にならんとしています。それならもうしばらくは年輪を重ねた桜をみることができるでしょう。
 花粉症の季節です。スギ花粉は減ってきていますが、ヒノキは飛んでいます、これからはイネ科植物の花粉に悩まされる人も多くなります。ところで日本ザルにも花粉症があるようです。サル山でクシュン・クシュンとくしゃみをして眼を真っ赤にはらしたサルがいます。ニホンザルの花粉症は1980年代後半には証明されていたようです。傍から見ていたらかわいそうで、薬をあげたいくらいです。
 明日から4月、新年度が始まります。花見も終わり、花粉症もピークを過ぎます。サルたちも楽になるでしょう。

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2009年2月28日 (土)

こどもを花粉症にしない9か条

「こどもを花粉症にしない9か条」という記事が医療介護CBニュースで2月23日に配信されました。
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/20729.html
YAHOO! Japanニュースでも流れました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090223-00000004-cbn-soci

 2月23日に横浜市の理研横浜研究所で報道関係者を対象に開かれた「製薬協プレスツアー」(主催=日本製薬工業協会)で、理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターの谷口克センター長が「スギ花粉症ワクチン開発」と題して講演されたようです。この講演の中で、将来子どもが花粉症で苦しまないようにするためにはどうすればよいかという話があり、「花粉症にならないための9か条」を紹介されたようです。
 その9か条とは以下の通りです。
・生後早期にBCGを接種させる
・幼児期からヨーグルトなど乳酸菌飲食物を摂取させる
・小児期にはなるべく抗生物質を使わない
・猫、犬を家の中で飼育する
・早期に託児所などに預け、細菌感染の機会を増やす
・適度に不衛生な環境を維持する
・狭い家で、子だくさんの状態で育てる
・農家で育てる
・手や顔を洗う回数を少なくする

 私はこの講演を実際に聞いてはいないので、谷口氏の真意は測りかねますが、この項目はいわゆる衛生仮説です。衛生仮説という用語は、1989年の英国の論文にはじめて登場しました。「乳幼児期までの感染,非衛生的環境が,その後のアレルギー疾患の発症を低下させる」という説です。新生児から乳幼児の免疫のモデルに、アレルギーに働く免疫と、感染防御に働く免疫のバランスを考えるモデルがあります。乳児が細菌に感染しやすい非衛生的な環境で育つと感染防御に働く免疫が強くなって、アレルギーに働く免疫が弱くなり、アレルギーになりにくくなります。逆に衛生的な環境で育つと感染防御に働く免疫が弱くなって、アレルギーに働く免疫が強くなり、アレルギーになりやすくなります。免疫学的にも衛生仮説を証明できるデータがでましたが。最近は矛盾するデータも出てきて必ずしも定説にはなっていません。
 しか個別の項目については、考えるべきもの、注意すべきことがあります。
 結核のワクチンであるBCGの接種は、成人の花粉症対策として有効とのデータはあります。
 また小児期には抗生物質はできるだけ使わないということも大事です。しかし早期に託児所に預ければ必ず感染症にかかります。ウイルス性の風邪なら自分の力で治すこともできます。しかしまれには細菌性の肺炎球菌による菌血症、髄膜炎、肺炎やインフルエンザ桿菌による髄膜炎、喉頭蓋炎、肺炎などの重症の細菌感染症になります。そこまで重症でなくても肺炎球菌やインフルエンザ桿菌の中耳炎にはよくなります。そのたびに抗生物質を使わざるをえない状況になります。だから託児所に預けて細菌感染の機会を増やして抗生物質を使わないとは矛盾です。
 また、谷口氏は「生後6か月以内に麻疹、抗酸菌などの感染症にかかるとアトピーになりにくい」とも言っているようです。これは大変危険な誤解を招く報道です。現在でもワクチンを接種するよりは、麻しんなどの伝染病は患者さんからもらって罹ったほうが免疫が強くついてよいと思い込んでいる人が多くいます。一般の人は麻しんがどれだけ怖い病気か忘れています。麻しんは発病したら現代医学では治せません。約1000人に1人は死亡します。また治っても10万人に1人は数年後に脳症を発症して最後は亡くなります。おたふくかぜも1000人に1人は一生治らない難聴になります。ちなみに抗酸菌の代表は結核菌です。6か月以内に結核に感染したら重症化して結核性髄膜炎などを発症して死亡します。
 谷口氏もそのことはもちろん承知でいてデータ解析上の話として講演したと思いますが、マスコミが言葉を選ばずに伝えると大きな誤解を招きかねないことになります。

さて、成育医療センター研究所免疫アレルギー研究部のホームページに
http://www.nch.go.jp/imal/default.htm
「アレルギー疾患発症予防に関する12のQ and A」というページがあります。
内容は専門的ですが、専門家に認められた論文のデータに基づいた客観的な内容です。
谷口氏の講演のマスコミ報道よりは、ぜひこちらを読まれることを勧めます。
谷口氏の報道は、ひところ流行の抗菌グッズ信仰への警鐘ととらえたほうがよいかもしれません。

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2009年1月31日 (土)

今年もインフルエンザで考えさせられる今日この頃

 今年はインフルエンザの流行が例年より早く、1月末の今がピークのように思えます。今年のAソ連型はタミフルが効かない耐性ウイルスです。診療の現場でも昨年まではタミフルを内服してもらえば2日以内に熱は下がっていたのに、今年はA型の患者さんの中にはタミフルを内服してもらっても、内服しない場合と同じ自然経過のような熱の動きをする患者さんが多く診られます。タミフルに耐性のウイルスの存在を実感させられます。そのため今のところはAソ連型にも効果のあるリレンザの専用吸入器を使える年長児にはできるだけリレンザを処方しています。
 インフルエンザは健康な小児ならタミフルなどの治療薬を使わなくても自分の力で治せる病気だと強調する意見があります。確かに途中の経過はきつくても最後は自分で治せる病気です。中には治療薬なしで熱もすぐに下がって元気になる子どもも多くいます。しかし全例が軽く済むわけではありません。
 以前、インフルエンザの迅速診断キットがなかった頃は高熱でぐったりしている重症感のある患者さんだけをインフルエンザと診断していました。ところが診断キットが使えるようになって、インフルエンザには軽症から重症までいろいろな病態があることがわかってきました。熱のないインフルエンザの患者さんもをけっこういます。軽い症例も含めて多くのインフルエンザを診断できるようになったので、治療薬は使わなくても治るという考え方が強調されるようになったのでしょうか。私はインフルエンザは決して軽視してはいけないと考えます。
 昔はインフルエンザで老人だけでなく子どもも若者も亡くなっていました。私は今年、インフルエンザから細菌性の肺炎を併発した幼児例をすでに複数経験しました。入院されたお子さんもいらっしゃいました。いずれもタミフルは内服していませんでした。抗生物質が使えない時代ならそのまま命を落としていたかもしれません。現代でも老人では肺炎を併発したら命にかかわります。今では多くの病気が治せたり、治療で軽く済むようになって、また診断技術の発達で病気の概念が変わってきたりしたため、病気本来の怖さを多くの人が忘れているのではないかとついつい思ってしまう今日この頃です。

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2008年12月31日 (水)

この1年を振り返って

 今年のはじめは昨年3月のようなインフルエンザの短期の大流行は無く過ぎました。
 糸島地区では4月からBCGの個別接種が始まりました。子どもたちにとっては接種の機会が増えたことはよかったと思います。しかしBCGのワクチンは紫外線に大変弱いため、接種する部屋には直射日光が入らないようにしなければなりません。また針の打ち方にも独特の技能を必要とします。接種後も接種部位が乾くまで院内で経過を診なければなりません。接種する側からいうと手間のかかるワクチンです。そのため私のクリニックでは1日に2人しか予約枠が作れずにご迷惑をかけたかもしれません。
 今年は夏にRSウイルスの大流行がありました。かぜの一種ですが高熱が続き咳がひどくなり気管支炎や肺炎を引き起こしやすいウイルスです。特に乳児では症状が重篤になりやすく、1割から2割が入院になります。いつもは年末の寒い時期に流行するウイルスですが今年は夏に猛威をふるいました。保育園や幼稚園に通っている兄や姉から感染した乳児が多く診られました。入院まで至る児は親御さんの看病の努力もあり何とか最小限にできたかと思います。余談ですがRSウイルスの検査は外来では保険請求ができません。そのため小児科医は患者様に対しては無料で検査をしています。
 年末になってようやくインフルエンザ桿菌タイプb型のワクチン(Hibワクチン)、商品名アクトヒブが発売になりました。昨年末のこのブログでは製造元のフランスの製薬会社は日本向けに特別仕様のワクチンは作らないだろうと書きました。ところが日本仕様の工場まで作って生産を始めたそうです。しかし日本の過剰なまでの制度管理を求める基準のため生産量が極端に少なく、当初はワクチンの供給不足が心配されました。そのため日本の販売会社はクリニック1軒あたり3名までとする制約をしました。しかしその後は希望者全員にワクチンはいきわたるようになりました。私のクリニックでも希望者全員に1月から接種ができます。Hibによる髄膜炎や口頭蓋炎で重度の後遺症や亡くなった子どもたちの経験は私にもあります。決して稀な病気ではありません。海外では20年前から接種されているワクチンなのに、導入が遅れた日本ではその間に多くの子どもたちがHibのために亡くなったと思われます。それを思うと無念です。
 今日は2008年最後の「本日の独り言」です。みなさん良い年をお迎えください。

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2008年11月23日 (日)

小児科医、海を渡る 僕が世界の最貧国で見たこと

 これは本のタイトルです。筆者の黒岩宙司氏は海外青年協力隊で89年から2年間、アフリカのマラウイ共和国で小児科医として勤務し、帰国後は国際保健計画の専門家として、94年からラオスでのポリオ根絶事業に参画しました。
 この本の興味深いところは、経済的に貧しい国の小児医療の悲惨な現状を書き綴っているのではなく、欧米の経済先進国の援助が実は貧しい国に弊害をもたらしていることを、現場にいた者の目で生々しく書いていることです。たしかに90年前後のマラウイの小児病棟は悲惨です。1日3人から4人、毎月約100人の子どもがマラリアなどで死んでいき、彼らのほとんどは栄養失調で、感染症で顔に穴が開いている子も多いのです。日本では診られない狂犬病で死んでいく子どもいます。筆者は、最初は現状に愕然とし次は必死に子どもたちを救うために働きますが、あまりにも多くのそして日常的な死に、自分が麻痺していったことも正直に書いています。
 後日、西日本新聞社のインタビューで筆者は言っています。
清潔な食べ物や飲み物すら行き渡らない中で、 コーラ飲料は高価だが「清潔な飲料水」として田舎町でも売られています。
 マラウイは内戦中の隣国から難民を受け入れていましたが、キャンプには援助物資があふれ、そこの子どもは丸まると太っていました。物資は横流しされて市場に出回り、農業など国内産業を圧迫していました。
 欧米の先進国は確かに国策として貧困国に手厚い物的人的援助を展開しています。だが一方でコーラ飲料に代表される「金もうけ」の仕組みを世界の隅々まで行き渡らせ、貧困を生み出す構造を確立しています。
http://nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/topics/20080827/20080827_0001.shtml
 筆者は、帝国主義と植民地政策でアフリカの国々を搾取した、現在の先進国が、援助という名目で貧しい国の経済などの自立を削ぎ、自国の消費市場化している現実を訴えています。搾取は今も昔も変わらない。その最たるのが貧しい国を武器市場としたことです。昔は素手やせいぜい槍などで争っていた人々に銃などの兵器を売りまくる先進国、その国々が国連安全保障理事会常任理事国です。ニコラスケイジ主演の「ロード・オブ・ウォー」という映画の中で、世界最大の武器商人はアメリカ大統領だといった台詞がありましたがそれは事実でしょう。
 為政者は援助の裏の利益を考えますが、海外青年協力隊などの現場の若い人々は献身的な働きをされています。しかし現状を知る彼らのやり場の無い憤りもこの本の中には書かれています。
 この本の後半はラオスでのポリオ根絶に参画した話です。ここでは病気の根絶という同じ目的があるのに、その手段をめぐってWHOとユニセフの官僚たちの対立する様も書かれています。またポリオの次の「はしか」の撲滅対策をめぐっては、ポリオワクチンは飲む薬ですが、麻しんのワクチンは注射液なので、使った後の注射器の処理の問題を提起しています。貧しい国では一度使った注射器が他の目的で使われる恐れもあり、そこから血液感染の危険性が生まれます。それを防ぐためには注射器は再利用のできないタイプになっています。しかし今度はそれを医療廃棄物として処理する手段を貧しい国は持っていません。地中に埋めればよいとも言っていますが、後年それが事故の原因になる可能性は十分あります。
 筆者がこの本を書いた思いは「あとがき」の中に書かれているようです。筆者は子どもの頃にみた黒澤明の「赤ひげ」に感動しました。「赤ひげ」は病を生む諸悪の根源は「貧困と無知だ」といい切ります。貧富の差なく医療を行いたいという思いが筆者を海外青年協力隊やポリオ根絶活動に向かわせました。ところが国際社会は貧困削減を政策とするが、その支援は途上国の社会的弱者には届かず、むしろ貧富の格差が広がっていることを知ります。それは支援の政策決定を行うのが、市場原理主義を推し進め、弱者を切り捨てざるをえなくなったアメリカだからだと言い切っています。
 アメリカは先進国の中で唯一公的な保険制度の無い国です。五千万人近くが保険に入れず、お金を払えない患者は病院から追い出されます。主治医ではなく利益最優先の民間保険会社が患者の治療の必要可否を決めてしまいます。このあたりはマイケル・ムーア監督の「シッコ SiCKO」に現状が描かれています。 http://sicko.gyao.jp/
 筆者は言い続けます。自国の弱者を見捨てる国が、どうして世界の途上国の人々の健康を守ることができるのだろう。世界の保健分野に多大な資金供与を行っている世界銀行の歴代総裁はすべてアメリカ人で、IMFのトップはすべてヨーロッパ人である。欧米のエリートとそれを取り巻く金持ちと多国籍企業によって世界は不平等に構造化されている。
 この点については、世界銀行の総裁は米国、IMFの専務理事は欧州、副専務は米国というのは伝統的、暗黙の了解です。世界銀行とIMFへの出資額は1位がアメリカです。IMFの議決権は出資額の応じるため、途上国の意思は反映されません。

最後に「あとがき」の末文を引用します。
 僕もこの本の中で「貧困削減」という美しいレトリックの背景にあるものをささやいてみた、日本人の心には「赤ひげ」の単純なヒューマニズムが宿っている。欧米の声に流されるのではなく、自分の言葉で語ることができるはずだ。

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2008年10月26日 (日)

病院の言葉

私のクリニックで診察を受ける患者さんは、私の説明をどれくらい分かってもらえているのでしょうか。
患者さんの顔を確かめながら病気の説明をしても、いつもどうかなと思ってしまいます。
医師の話には専門用語が多く、また医療界独自の言葉の言い回しもありわかりにくくなっています。
そこで、とうとう公的研究機関がこの問題に取り組み始めました。
10月21日に独立行政法人国立国語研究所が「病院の言葉」を分かりやすくするための提案を発表しました。
http://www.kokken.go.jp/byoin/
まず医師へのアンケートなどで約2万語を集めて、その中から患者さんが正確に意味を把握したほうがよいと思われる57語を選びました。
具体的には
「別の言葉に言い換えるべき」言葉として誤嚥、浸潤、寛解、重篤などの13語。
「補足説明すべき」言葉として頓服、合併症、ショックなどの35語。
「新しい概念として普及させるべき」言葉としてセカンドオピニオン、プライマリーケア9語を選びました。
それぞれの言葉がどのように誤解される可能性があるかや、最低限説明すべきことなどをの用例を示しました。
「頓服」は痛み止めの薬や解熱剤そのもと思い込んでいる人も多いようです。本当は、「決まった時間でなく、症状に合わせて必要なときに飲むこと」です。ちなみに「解熱剤」を「かいねつざい」と読んでしまう人もいます。
「ショック」は急な刺激ではなく「血液の循環がうまくいかず、脳や臓器が酸素不足となる危険な状態」です。
「貧血」は「立ちくらみ」ではなく「血液の赤血球が少なくなった状態」をいいます。
杉戸清樹国語研究所長は「医師らは患者に説明する際、言葉の意味が正しく伝わっているか立ち止まる姿勢をもってほしい」と話していました。
私もその通りだと思います。よく病気の説明のリーフレットをみますが、その内容は医療関係者は理解できても一般の人にはどれだけ理解してもらえるかと疑問に思えるものがほとんどです。医師がどんなに噛み砕いて説明したつもりでも、それはあくまでも医師の思考範囲の言葉なのです。一般の人にはわかってもらえません。
私はクリニックのリーフレットを作ったらまず、医療知識のない人に読んでもらいます。すると大概、意味がわからないという答えが返ってきます。それで数回の見直しをしてもらってから初めて患者さん渡せる内容になります。
国語研究所は来春「病院の言葉の手引き」(仮称)を出版の予定です。

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2008年9月28日 (日)

悩む力

 9月3日のNHKラジオ「夕方ニュース」のなかで東京大学情報学環教授 姜尚中氏の悩む力の話がありました。
 日本や先進諸国では自由は拡大してしてきましたが、それに伴い自己責任が強く求められて孤立感を深めている人も多くいるのではないでしょうか。世界は猛烈に変化していてるため人々はその変化に合わせなければなりません。しかし不動の価値観ももたないとストレスが人を押しつぶしかねません。この問題は今に始まったことではありません。約100年前にすでにこの問題を真剣に受け止めていた人物がいました。姜尚中氏は夏目漱石とマックス・ウェーバーを取り上げています。私も学生時代には社会学者ウェーバーの「職業としての学問」は読みましたが、一般にはなじみが薄いかもしれません。夏目漱石も「我輩は猫である」「坊ちゃん」「こころ」などの小説は多くの人が読んでいますが、彼の文明論である「現代日本の開化」「私の個人主義」を読んだことのある人は少ないでしょう。私は学生時代にこの二つの論文(講演の記録ですが)を読んだときの驚きは今でも覚えています。まったくもって現代にも通用する漱石の思考の普遍性に感動しました。
 「私の個人主義」のなかで漱石はロンドン留学中に文学とは何か悩みぬいた後に、他人の文学論を基にする人真似の「他人本位」から文学の概念を根本的に自分の力で作り上げるよりほかにはないと「自己本位」へ思い至った遍歴を述べています。「自己が主で、他は賓であるという信念は、今日の私に非常の自信と安心を与えてくれました」と言っています。
 姜尚中氏も、喪失感のなかでも前向きに生きていくためには何が必要かという問いに、漱石の「自己本位」を引き合いに出して、基本的には身の丈で生きていくことだと答えています。「自己本位」とはエゴイズムではなく、自分を見失なはわないこと、そして応分の社会にたいする公共性や身の丈で人と交じり合おうとすることですとも言っています。
 また姜尚中氏は漱石のいう「まじめたれ」も引き合いに出しています。たとえば働ける人であれば、労働や働くことを通じて社会から認知されます。しかし認知される前には自分も誰かを認知しなければならない。真面目ということは相手を他者を引き受けることです。夫婦や恋人や友人などいろいろありますが、その人の全人格を相手が投げ出してもこれを引き受ける、また引き受けたいと思うこと。そして引き受けるということは相手をしっかりと信頼できなければいけない。また社会の人間関係がわずらわしいと思うことありますが、しんどいけれどそれを乗り越えなければいけない。しかしどこかで全人格的なものを引き受けられる関係が無いと乗り切っていくことは難しいのではないかと言っています。
 ところで人間関係を乗り切っていくエネルギーはどうやれば得られるのでしょうか。それには人間関係の中で自分を投げ出しす経験が必要です。傷を負いたくない、自分が辱めを受けたくないとか、かっこ悪いとか考えずに、自分を投げ出すことが必要です。それで裏切られることもあるのかもしれない、でも自分を投げ出さなければやっぱり他者も応答できないのです。自分を投げ出す勇気は結構大変ですが、最後はその小さな勇気が必要ですと言っています。
 悩むことを止めてしまうと、最悪、自殺や他人を傷つける凶行に走りかねません。すべてが自己責任だといわれる現代を生き抜くためには真面目に悩む力が必要だという話でした。

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